7/3 松島にやってきた。到着とほぼ時を同じくして雨が降り出し、次第に雨風が強くなってきた。周囲をゆっくり散歩できる状況ではないので、ホテル付近のお寺の入り口に時代劇風の茶屋があったので、そこでお茶と団子を食べて少しゆっくりした。

日本三景の松島。悪天候のため、この日は蒼い海ではなかった。
ここ松島も震災時には津波が押し寄せてきた。宿泊した海岸沿いのホテルも被害を受けたようだ。レストラン前のホールに震災時の状況が写真付で説明してあった。かなり酷い状況、もうグチャグチャである。今、こうやってきれいなホテルに普通に泊まっているが、関係者の大変な苦労に頭が下がる思いである。

館内に掲示された震災被害時の写真。想像を絶する状況だ。
翌日、松島を出て、となりにある石巻市と女川町を訪れた。被害を受けた町が今どうなっているのか、どこまで復興しているのか、それを自分の目で見てみたかったのである。ところが、最後に思いもかけない展開が待ち受けていた...
まず最初に、石巻市へ。このあたりは漫画家・石森章太郎の出身地である。仮面ライダーやサイボーグ009など、我々40〜50台の世代には馴染みの深いヒーロー達の生みの親である。駅前に車を止め、町を散策する。と、あちこちに漫画のヒーローが立っている。「漫画ロード」と名づけられた通りもあり、前述のヒーロー達だけでなく、どこかで見たようなキャラクターがところどころに立っている(参考:
http://www.man-bow.com/manga/mangaroad.html )。

サイボーグ006と記念写真。006の本名は張々湖(ちゃんちゃんこ・Chang Changku)、中国人である。

通りの途中、とある店の前にあった震災時の写真
この通りを抜けると石森漫画館がある。ここで驚いたのは、この漫画館の外壁にポツンと貼られていた1枚の紙である。何と、「津波がここまで来た」という表示であった。とてつもなく高い位置である。身長の高い私でさえ、軽く飲み込まれてしまう。ということは、この漫画館も被害を受けたということだ。

外壁に見つけた震災の証。ここまで津波がやってきた。
石巻市のすべてを見たわけではないが、ところどころに壊れたままの家屋、もとは何かの建物があったと思われる跡が残っている「さら地」などがあり、今も傷跡が数多く残っていることに衝撃を受けた。そして、このあと引き続いて、となりの女川町に向かうのだが、そこでさらに衝撃的な光景を目にする。
女川町に向かって車を走らせる。女川町は昔よく見た青春ドラマの主人公・中村雅俊さんの故郷である。ここも震災の被害を受けた町とのことで、お土産のひとつでも買って帰ろうと思い、カーナビで「魚市場」を設定して車を走らせた。途中、仮設住宅らしき建屋がいくつか続いていた。震災被害を実感する光景だ。ところが、この先もっとスゴイことが...町の中心部に近づくとナビの指示に合致した道がない! すぐ横を走っていた線路もいつの間にか消えている、ナビに設定した目的地・魚市場もない! さら地ばかりが目に付き、土砂を積んだトラックが何台も何台も通り過ぎてゆく。そして、家があったと思われる基礎が残ったままの「さら地」の脇に、花が供えてある。あまりの光景に絶句してしまった。「まだこんな状態なのか...」
市場や商店街、駅などがどうなっているのか、町役場に確認しようと思ったが、その役場すらカーナビの指し示す位置にはない。仕方なく、工事現場のおじさんに道を聞く。そして、たどりついたのが、仮設の役場である。

女川町は役場でさえ「仮設」であった。
震災を受けた町で少しでもお金を使っていこうと思ってやってきたのだが、来る前に想像していたのは、力強く復興を果たし、賑わっている街中で買い物をする自分であったが、そんな甘い状況ではなかった。2年も経つのに、未だに完全復興には程遠い。やや荒んだ気持ちになりながらも帰り道で見かけたお土産屋さんに寄った。そこには、地元出身の中村雅俊さんと仲良しだというおばちゃんもおられ、店の人はみんな元気に頑張っていた。町の復興が追いつかない外の景色とは裏腹に人々は明るく頑張っている。それを見て、少しホッとした。
今回の東北縦断弾丸ドライブで、最後の最後に東北の復興状況というものを実際にこの目で見て初めて気づいたこともたくさんあった。まだまだ元通りとはいかない現状と我々はどう向き合ったらいいのだろうか?東北から遠く離れて生活している我々が「東北の復興」という一つの単語で済ませるほど、事態は簡単ではない。もう少しでも何か力になれないものか、そんな気持ちにさせられる今回の東北弾丸ツアーであった。
(完)
posted by guzzan at 09:13|
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